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地震のこと
あの大きな地震から3週間が過ぎました。
被災された皆様の1日も早い復興を願うばかりです。

石巻に住んでいる友人も家が流されました。
安否の確認ができたのは、3日後のこと。
「大丈夫、生きてるよー。家族も無事。家は海に流れた。ありがとう。」
短いメールでした。
彼女の家族は、今、親戚に身を寄せて頑張ってます。
私の勤める会社は、医療機器メーカーです。
東北の拠点の仙台の営業所では、
事務所がめちゃくちゃになりましたが、
幸いなことに、従業員やその家族が無事でした。
地震直後から、ライフラインが断たれた中、
社員は事務所を片付け、部品や工具をかき集め、
あちこちの病院へ奔走してました。
本社や工場からも、電気が通ればすぐに使える機器やガソリン、食料、水など
あらゆる支援物資を数回に渡り運び、緊急の対応をしています。
私も、東京では、買い占めにより、手に入らない物資を、
各営業所から、かき集めたりでてんやわんやでした。
ガソリン携行缶は福岡から、単一電池は沖縄から調達し、仙台へ。

今、仙台市内は、津波の影響のなかった所では1日1日復興が進んでいるようです。
食料も手にはいるようになってきたとのことです。
しかし、ガスはまだ使えず、入浴のために、週に1回、災害の少ない所まで遠出し、
買い出し、ガソリンの入手をしている状況とのこと。

高速道路も開通し、緊急車両以外の通行止めも解除され、
被災地への支援物資も運びやすくなりましたが、
いろいろな事情で被災地を訪れる方も、増えているようです。
緊急性を帯びない個人での訪問は、自己完結ができる準備をして、
被災者に迷惑をかけないように、訪れてもらいたいと思います。

最後に、仙台で被災した女性の同僚は、
海まで20分の所に住んでいましたが、家は倒壊し、
今は家族はバラバラに親戚に身を寄せてます。
地震から数日たって、ようやく電話で話せた時の彼女の言葉が忘れられません。
「家を見に行って、海を見に行ったら、何もなかった。。。
でも、私は倒壊しても家の中の物は残っているだけ幸せです。」

被災地の復興のこと、原発の問題など、これからが大変ですが、
被災者のことを考えて、今、自分にできることで協力していこうと思ってます。
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